65Amps Article
米国のギター誌「The Fretboard Journal」No.20 Winter 2010より抜粋
“ステージヴォリュームをコントロールしてくれないか?”とSheryl Crowに言われたらすぐにでも解決策を見つけださなければいけないだろう。Crowのリード・ギタリストでありディレクターでもあるPeter Stroudは数年前にこのタスクを要求された。Stroud の友達であり、ギタリストでもあるDan Boul と共に開発を続けた末、100ワットの音をローパワーで再現させ、ステージヴォリュームをコントロール出来ることに成功した。
Bruce Springsteen、 Keith Urban、 Elvis Costello、 Pat Buchanan そして Vince Gillもこのアンプに注目させられた。
North Hollywood に65Amps 本社があるが、ここはただワールドクラスミュージシャンに提供しているだけのオフィスじゃない。
テーブルにはアンプで使用するパーツが置いてあり、空のシャーシーが、それらが組み込まれるのを根気よく待っている。
明らかにStroud と Boul は単純に金の為だけのビジネスパートナーではない。
この兄弟は音のアートを、情熱を持って追究し続けているのだ。
HUMBLE BEGINNINGS
“僕は11歳の頃からギターを弾いており、13歳からずっとバンドで弾いていた”とStroud。
North Carolina, Greensboro で育った彼はそれから長くギター人生を送っている。

ユニークなプレイスタイルを生み、ギタートーンは常に完成に近づく為に変えている。
“色んなコピーバンドをやって音楽構成、曲作りをUniversity of North Carolina で習った後に 82年 Atlanta へ引っ越したんだ。”
“Los Angeles へ行くのはとても大きいジャンプだったので、もうちょっと抵抗の少ない所を選んだんだ”
Athens、 Georgia で Dreams So Real と言うバンドを組み地域ではサクセスを生む。だがそのプロジェクトは80年後半に解散、そこで次のステップが彼の輝かしい人生の扉を開けてくれた。Pete Droge のギタリストとしてのオファーを受けたのだ。
“Pete をプロデュースしていて、僕の良い友達でもあるBrenden O’ Brian がある日突然パスポート持ってないか?と聞いたんだ”彼は振り返る。
“Pete のギタリストが一ヶ月間のヨーロッパツアーの一週間前に辞めたと。だからオファーが来たんだ”彼は笑う。
“パスポートがあったからだよ。Peteのバンドに参加したおかげでインターナショナル ツアー コミュニティーへの扉が開いたし。Peteのレコーディングにも参加できた。その上Sherylにも紹介してくれて。今じゃSherylとは10年の付き合いだ。”

Boulの家族はピアノ 弾きではあったが、彼はギターを一日中弾いていたい反逆者だった。
“僕はクレイジーな位に音楽家族に育てられた”彼は説明する。
“Ragtimeに物凄くはまっていて僕のおじいちゃんはDixieland Band を仕切っていて他はInternational Ragtime ファウンデーションに参加していた。しかも僕が生まれた場所とはMissouri、 Sedaliaなんだ。Scott Joplin が全て書いていた場所だよ。ピアノレッスンの時にはクラシック音楽を弾くはずが Jerry Lee Lewis 見たいな感じで弾いていた。”

ギターとの出会いは11歳からだった。
“僕のお父さんは弁護士でその時彼のクライアントが来て法律に関する事を頼みたいが金が無いと。替わりにギターとアンプでどうだ?と聞かれ受け取った。それで僕はChuck Berryとかそういうのを弾こうと思った。”
そして学校では注目の的となり、ピアノより優先的になった。
“30年弾いていて今言うのもちょっと嫌だけど、中三の時に女の子から注目の的になったことで凄くギターにはまったんだ。スポーツは好きだったんだが ロッカールームで汗をかいた男と一緒にいるのを選ぶか、女の子と遊ぶのかどっちかだったんだ。
高校卒業後、音楽の道をもっと突き進みたいと思いLos Angeles にある Guitar Institute of Technologyの一年プログラムに参加する。
“あの頃のGITと今現在は相当変わったよ”彼は語る。
“Howard Roberts、Don Mock、そしてJoe Diorioが仕切っていたから本当シュレッダー学校だった。ここに通ったからきちんとしたギタリストになれたと僕は思うよ。”
このプログラムにも参加していたPhil Cassens は後65Amps のビジネスパートナーとなり 87年に起こった Whittier earthquake(87年 South Californiaにて起こった震度6.0マグニチュード の地震) を一緒に経験した。
“87年に起こった大地震は相当怖かった。”Boul は言う。
“家で地面が揺れ動く事なんて起きないだろう?そこから出なければ行けない、出たかったんだ。”
The Bug
AtlantaでCassensよりカバーバンドライブを出来る所を紹介してくれて 65 のストーリーの土台を作ってくれた。
“おもしろい出会い方だったよ。” Boul は振り返る。
“Atlantaで僕がカバーバンドをやっていたドラマーがある夜、元彼女の旦那がギターを弾いていてちょっと参加してみたいと。僕は良いよと言った。Pat Buchananのギアを借りていてホッケースティック見たいなピンクのESPギターだった。でそこに現れた人物がPeter だった。”
Stroudの優れたプレイングにBoulは魅了されその瞬間から友情が始まった。
“Peterは凄くうまく、とても親切な態度だった。あのシチュエーションだとプレイヤーってのは結構敵意を見せる人が多いからね”
この二人は後AtlantaのRhythm City music storeにて一緒に働く事になり友情も6弦楽器にも熱意を増す。
“お互い古いギアが好き(bug)だって事をすぐに分かった。Peterの家に行って彼が持っている古いFender Princeton を分解し100 watt アンプに改造したりとかしたんだ。”

Boulは1990年 イギリスへ引越すがStroudとのやりとりは途切れなかった。
ここでは凄いアンプが見つかるよとか威張って話していた。
イギリスの生活はさほど長くはなく、BoulはMissouri州の大学に入り95年にLos Angelesに戻る。
“その間Peterとは常に電話でギアの事を話していた。家族の事は3-4分話、他はアンプの事で朝の3時まで話していた。
数年経ち、StroudはSheryl Crowのバンドに入り、BoulはIT ソフトウェアビジネスに入る。
その頃はAtlanta music store が唯一二人の共通ビジネスではあった。がSheryl CrowのバンドでStroudが新しいアンプの開発が必要となった。
“2002年だったかな、Sherylが100 watt Marshall越しに大声で叫ぶのがうんざりになり始めてて・・”
Boul は語る
“Peter と結構長い間どうやったら ローパワーで力強い、しかもこう言うライブで使えるアンプを探せられるか?と会話になった。問題なのはローパワーアンプで弾くと去勢されたみたいで威厳を感じられないんだ。コントロールが全くない。Fender Deluxe、僕はとても好きなんだがハムバッカーでヴォリューム7以上にするとアンプがゲロを吐くんだ。多分Leo(Fender)は誰かがあんなに上げてしかもハムバッカーで使うなんて想定して無かったんだろうね。”
Stroudは自分の好きなトーンをでかい音を出さずに出るやり方を探していた。
“Tone Quest Report のDavid Wilsonと仕事するようになったのもその頃で彼からDanny Gork (Balls Amplifier)が作ってるrepro 18 watt アンプを紹介してくれた。凄く良く、50 watt Plexi みたいだけど目の前に立っていられる。”

手に入るブティックアンプは全て試したけど結果は出なかった。
そして彼ら自身の手でゼロから作る事になった。その時BoulとStroudは一台のみ、Stroudの為だけに作った。マスプロダクションの事は考えてもなかった。この開発から完成までにトータル18ケ月も掛って、ようやくSherylのリハーサルに間に合った。
このカスタムメイドアンプにSherylのリアクションはとても良く、彼女自身も欲しいとなった。
このすぐ後、エリートミュージシャン達が噂を聞き、ドアがノックされ始めた。
OasisやBlack Crowesに参加した事のあるPaul Stacy。その兄弟SherylのドラマーからSherylのアンプの事を聞き自分も欲しいとなった。
Paulは結局Londonのスタジオに置いて来てPeter Framptonから譲ってもらった。
“それからいきなりFrampton、Steve MillerとJoe Walshよりオーダーをもらったんだ。”Boulは語る。
作った数が少ないにも関わらず、噂が噂を呼んだ。そしてBoulとStroudは次のレベルへと行こうとした。
18 WATTS WILL DO
最初のアンプが完成してから7年になるが65Ampsは手を止めてない。
今日まで8種類のラインアップが出ている。最初出来上がったモデル、そして注目を浴びたのがLondon。60年代のローパワードブリティッシュアンプをクレバーに仕上げた。
“Londonの最大の目的はPeterがSheryl Crow Liveで使う事が目的だった。”Boulは語る。
“一つのチャンネルはEF86が組み込んで有り、トラディショナルなMarshallトーンだね。もう一つは12AX7なんだ。そしてEL84が二発。18 wattにも関わらず物凄いリッチなトーンを得ることが出来るんだ。そして最大にしても一つ一つのノートがはっきりと聴こえ、スムースなんだよ。”
“ブリリアントなクラシックトーンとモダンなバイト(bite、噛み)が有るんだ。” Switchfoot のDrew Shirley が語る。

Marquee が次に開発されたモデルだ。
“パワーを二倍にしたかったがLondonより音量のでかいアンプには仕上げたく無かったんだ。”Stroudは振り返る。

“トレブル、ミッド、バス フロント エンドが違う感じにしたくしかもEL84を4発加えたかった。良いクラブアンプだよ。僕がクラブで弾く時に使うアンプだよ。”
Boulはさらに
“Marquee は Vox AC30が激怒した感じかな。”

そしてSoHoが次に出来上がったモデル。このモデルはStroudが中で一番オリジナルなデザインだと主張する。
“これは全ての影響を加えたく、マスターヴォリュームをスイッチ イン アウト でき、オーバーオールアウトプットをコントロール出来る様にしたかったんだ。”
このモデルに付いている65のオリジナル、BUMPテクノロジーがこのモデル初となっている。このチャンネルスイッチでアンプのトーンのゲインを上げられる。サーキットにミッドレンジを流してナチュラルなゲインを与える事によってフィズやバズを抑える。
“Peterは古いFenderを結構いじった経験が有り、トーンスタックを間違えてショートさせたらMarshall的な音になる事に気付いたんだよ”Boulは語る。
“2 チャンネル アンプ を作るより(Clean&Dirty)我々は一つのチャンネルを戦車みたいにしたかった。ゲインの構造を調節出来る様にね。Londonモデルに入っている six-way color switch を取って違うレジスターを使ったんだ。だからスイッチをつけるとノーマルトーンスタック、スイッチを切り替えると six voicesの全てを使える。自分が好きなトーンをBumpのpresetで調整も出来る。本当嬉しかった事故だったよ。”

エンジニア Mike Frenceschiniがこのテクノロジーの開発者。
“Mikeが家に5人位いたら、我々はミリオンネアーになるよ”Boulは語る。
“Mikeはもうかれこれ30年もやっていて我々が考えだすクレイジーなアイディアを安全でユーザーフレンドリーにしてくれる。彼は必要不可欠だよ。”
65の新たなクリエーション、Lil’ Elvis。少なめな12-watt アンプだかmini 4 x 12 のフィーリングがあってステージ上コントロールされたtasty なトーンだ。Bumpスイッチも搭載しており、さらに Master Voltage テクノロジーが搭載されている。2-3 wattに落としてもレスポンスを維持出来る。伝説のシンガーソングライター、 Elvis Costelloがこのアンプをツアーで常にこれを使用している。
“僕は余りノートを弾かないので一つ一つの音が大事なんだ。”彼は語る。
“僕が使っている オリジナルJazz Master、52 Tele、そして1970年代のSuper 400にオーバードライブをかましてても、この Lil’ Elvis は僕が何を弾いていても期待してる通りの音を出してくれるんだ。僕の持っているヴィンテージ’54のtweed Fender Deluxeがツアーでは回れない事が分かってこのアンプ(65)は僕の中では大ヒットだよ。”

Stroud と Boul はこのビジネスで素晴らしいパートナーシップを持ち、クリエイティブでなおかつ進化し続けている。
“新しいモデルを出す度新しいアルバムをだしている感じだよ”Stroudは言う。
“新しいアイディアを出し常に進化し続けるんだ。”
65は今後non pro のマーケットへも狙っている。ハイプライスなアンプを買えないプレイヤー達の為に。
“ブティックのマーケットは余りビジネスにならないのは分かっている。ただ若い子達がブティックにアプローチ出来るよう日々努力してるよ。”Boulは語る。
この65のサクセスはStroudが自分の為に作ったアンプをSheryl Crowのライブで10,000人のファンの前で毎晩の様に弾くのが有る意味65を成功させたのでは。
“カスタムアンプを作るのが未だ凄く楽しく思うのが、自分のヴォイシングをファインチューニング出来る事だよ。自由なんだ。自分の為に作る。誰か他人に妥協しなくて良いから好きなんだ。”
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